Spotify
Spotifyが3年弱で100万人の顧客を獲得した方法とは
Spotifyが3年弱で100万人の顧客を獲得した方法とは
Spotifyは、スウェーデンの企業スポティファイ・テクノロジーによって運営されている音楽ストリーミングサービスである。2021年12月にユーザー数は4億600万人に達し(※1)、そのうち有料会員数は1億8000万人と、音楽配信サービスとしては世界最大である。日本では2016年9月にサービスが開始され、今となっては日本でもSpotifyのユーザーは多いが、Spotifyはヨーロッパと北米のユーザーが半分を占めている。(※1)
Spotifyが音楽という、いわば「他社の製品」を利用しながらも、ここまでサービスとして大きく発展させることができたのはなぜだろうか。
(※1)Spotify、2021年度第4四半期のMAUとMAU by region
ストリーミングサービスが流通する前、NapsterやLimeWire、The Pirate Bayなどで違法に音楽をダウンロードした経験がある人もいるかもしれない。ただ、海賊版を購入するのはいけないことだと分かっていても、無料で既に手に入れられるものを正規の値段で購入するのは気が引けてしまうというのも事実であっただろう。
創業者のDaniel EkがSpotifyのアイデアを最初に思いついたのは、Napsterが閉鎖され、違法サイトKazaaが音楽配信サービスを引き継いだ2002年のことだった。Danielは、「海賊版を法律で取り締まることはできない。法律は確かに助けになるが、問題を取り去ることはできない。問題を解決する唯一の方法は、海賊版よりも優れていて、同時に音楽業界を補償するサービスを作ることだ。」と考えた。それがSpotifyの始まりであった。
ではどうしたら無料の音楽を提供する海賊版よりもいいサービスを作れるのか。Danielのアイデアは「いかにダウンロードを速くするか」であった。
人間の脳は200msよりも短い時間のものを一瞬と認識するため、Danielが目指したのは200msであったが、Spotifyは創業当時2008年であり、当時はiPhoneが発売されたばかりで、インターネットのブロードバンドは現在の10分の1だった。200msを達成するためにエンジニアは2年の歳月を費やしたもののSpotifyのエンジニアチームが達成できたのは500msまでであった。
よって「一瞬」であるかのように思わせるために、Spotifyは2つの作戦を行った。
1つ目は、ローディングアイコンを表示させることなく再生するとすぐにプログレスバー(曲の進行を示すバー)が始まるようにした。
2つ目は、インターネットからダウンロードするのは最初の15秒だけで、あとは近くのSpotifyユーザーがすでに読み込んでいる曲とP2Pシェアリング(※2)で補完するというものだ。
1枚のアルバムをダウンロードするのに何時間もかかるような海賊版サイトよりも、X10は優れているのだ。マーク・ザッカーバーグやショーン・パーカーをはじめ、当時の技術系ブロガーのほとんどが、発売と同時にSpotifyを賞賛するようになったのは、このスピードがあったからだそうだ。
(※2)P2P…ピアツーピア。ネットワーク上で機器間が接続・通信する方式の一つで、機能に違いのない端末同士が対等な関係で直に接続し、互いの持つデータや機能を利用しあう方式。また、そのような方式を用いるシステムやソフトウェアなどのこと。
さて、どのビジネスでも競合他社の存在は大きい。Spotifyも音楽レコード会社は競合他社として大きな存在であった。
だが、Spotifyが他のどの企業とも異なるところは、競合他社と交渉する必要があったということだ。Uberはタクシー会社と助け合って運営する必要はなかったし、Aitbnbもホテルと助け合う必要はなかったが、Spotifyは他の海賊版のようになりたくなければ、どうしても競合他社と交渉しなければならなかったのだ。
競合他社と交渉することなど普通では考えられないが、そうするためにDanielは以下のような方法をとった。
まず、海賊版によって崩壊した市場、つまり、海賊版が蔓延し音楽レーベルがライセンス収入をえられなくなった地域を狙ったのである。スウェーデンでは、政府が高速な通信への公平なアクセスに多額の投資をしたため、海賊版音楽は数時間ではなくたった数分でダウンロードすることが可能になり、結果的に音楽レーベルはライセンス収入の80%が失われていた。
ここでDanielは、Spotifyがどうなろうと、音楽レーベルに1年間の収益を前払いすることを保証し、Spotifyのサービスが本格的に開始された。
Spotifyは、各市場に参入するたびに以下の3つのことを行った。
1, まずSpotifyのハードコアなファンのために、彼らは無料版を導入する数週間から数ヶ月前にプレミアムサービスを開始し、可能な限り多くの収益を得た。
2, 次に一般ユーザー向けにSpotifyの無料版を導入したが、招待制にした。新規会員には、5枚の招待券が与えられ、それを使って友人を招待することができた。Spotifyの招待券を持つことは、技術者コミュニティの中で徐々に貴重なステータスとなっていった。
3, 新しい市場を開拓するため、最初の招待はブロガーや著名な技術者に絞った。例えば米国では、ネット上での影響力を測定するサービス「Klout」とも提携し、15,000〜20,000人の招待客を配ることにした。こうして、Spotifyが新しい市場で発売されるたびにブロガーが彼らについて書くと、招待を求める人々が殺到するようになった。
そしてついにプレスリリースであるが、Spotifyは新しい曲を比較的早く聴くことができるという点も人気を呼ぶ一因となった。例えば米国では、Spotifyは発売からわずか数ヶ月で、プレミアムユーザーはJohn Legendの新しいアルバムEvolverを、一般発売の1週間前に、2曲の追加ボーナストラックを含めて聴くことができるようになった。
スウェーデンをはじめEUでSpotifyの有用性を証明した結果、Spotifyは2年半音楽レーベルとの交渉を続けながら、デザインハックとP2Pインフラストラクチャ(※2)の構築により、極めて高速なプロダクトを作り上げ、最初の100万人の顧客を獲得したのである。彼らは、レコード会社が音楽ライセンスから得る収入の100%をスウェーデン全体に支払うことで、初年度に耐え難い損失を覚悟した上で、約2年半も交渉を続け、最終的に敵対勢力とインセンティブを一致させることに成功し、音楽レーベルを味方につけることになったのである。
Spotifyが取り扱っている「音楽」という製品はもちろんSpotifyが開発したものではないが、その分サービスを市場に適合させるまでの時間はとても短かった。SpotifyはAndrew Chenの80:20ルールを体現していると言える。これは、成功した製品の基本部分(80%)をコピーし、残りの20%を再発明したサービスは、サービスと市場の適合性を見つけるまでの時間を大幅に短縮することができる、というものだ。残りの20%に注力したSpotifyは、海賊版と80%程度(音楽)を共有しているにもかかわらず、ダウンロードの速さや「一瞬」に感じさせる作戦、音楽を簡単にシェアできる仕組み、そして合法であることによって、海賊版と大きな違いを生んだのである。当時音楽を共有したいときはCDに書き出すのが一般的であったが、urlで音楽を共有できプレイリストも共同で作れるというのは、例え取り扱っている「音楽」という製品は同じであっても十分ユーザーを感動させるサービスであった。
このような新しいアイデアを思いつくことができたのも、製品にこだわる必要がなく、機能面を充実させることだけに創造性を発揮できたからだろう。大事なのは知識を吸収し、追求し、それを異なる分野や状況で活かし自分のアイデアを混ぜ合わせることである。全く新しいサービスを0から生み出せるような創造性は必ずしも持つ必要はないのだ。
https://read.first1000.co/p/-spotify-the-story-0-to-1-million?s=r
https://en.wikipedia.org/wiki/Daniel_Ek
https://d18rn0p25nwr6d.cloudfront.net/CIK-0001639920/3ea8be40-ada0-4569-aacc-227e91ceb771.pdf