Discord

新時代のプラットフォーム、Discord実現の秘訣

現在のDiscord

Discordとは、ゲーマーがオンラインでもマルチプレイがしやすいプラットフォームを提供することを目標に、2015年に開発された通話・テキストサービスである。ユーザー数の遷移は以下に示すように右肩上がりであり、現在はゲームのためだけでなく、ワークスペースや交流のためにも活用されている。日本のユーザーは若年層の割合が8割以上であり、Z世代やゲーマー、エンジニアなどのコミュニティを通してDiscordは普及しており、そのコミュニティも多様化している。

(引用:https://thesmallbusinessblog.net/discord-statistics/)

通話ができることから「LINEやSkypeのゲーム版」と呼ばれたり、チャンネルを自由に作れることから「Slackのゲーム版」と呼ばれたり、何かと他のアプリの引き合いにされがちなDiscordであるが、オーディオファーストのプラットフォームで低遅延の通信を実現し、かつ無料で利用できるのにも関わらず広告が存在しないという点で特異なサービスである。

2021年には複数の企業がDiscordの買収を検討しており、Microsoftが推定100億ドルでの買収交渉を行っていたと言われている。ビッグテックにとっても魅力的に映るDiscordのサービスはどのようにして実現されたのだろうか。

ゲーム機・PCでゲーム→スマホでゲーム(Aurora feint)

Discordの始まりは、ゲームのプラットフォームが変わったことがきっかけである。Appleが2008年にapp storeを発表したことをきっかけに、ゲームはゲーム機やPCでやる時代からスマホでやる時代へと変わっていった。のちの創業者Jason Citronは、当時ゲーム開発スタジオでゲームの開発に取り組んでいたが、app storeの誕生は起業に踏み切る絶好のタイミングだと考えていた。新しいゲーム機が発売されれば、そのゲーム機ならではの新しい体験を提供するゲームが必ず登場する。これは、まさにスマホにおける新しいゲーム体験が生まれる瞬間のひとつで、一生に一度のチャンスだと彼は考えた。

Jasonは、ルームメイトのおじさんから資金を調達し、Aurora feintと名付けたゲームアプリの開発に取りかかった。彼のゲームは成功をおさめ、app storeで販売された50本のゲームのうちの1本となった。当時は競合が限られていて、かつJasonが非常に才能のあるゲーム開発者であったことからゲームは絶賛されたのだが、そのビジネスモデルは失敗であった。

このゲームのビジネスモデルは、Jasonが過去に手掛けたゲーム機・PC用のゲームと非常によく似ていた。彼はゲーム自体は無料で提供し、複数人でゲームをする場合のための機能はプレミアムバージョンで提供した。それを利用するための8ドルという価格は、ゲーム機としては妥当であってもiPhone向けのアプリとしては高価であった。iPhoneで多くのゲームが作られるようになるにつれ、価格は0.99ドルから4.99ドル程度に落ち着いていき、Aurora feintは結局3万ドルというわずかな収益しか上げられなかった。プラットフォームの変化に従って、ゲームのビジネスモデルも変化させるべきだったのだ。

ゲームそのもの(Aurora feint)→ゲームのためのプラットフォーム(OpenFeint)

ある日、JasonはAurora feintの強みを見つける。それは、Aurora Feintにはゲーマーがマルチプレイヤーゲームをする際にお互いにコミュニケーションを取れる機能があるのに対し、他のアプリにはそれが存在しないということだった。

そこで、Jasonは複数人でゲームしやすいようなプラットフォームを作りたいと考えたが、技術者も資金も足りなかったので、資金集めのために驚くべき方法をとった。まず、理想のプラットフォームに関する仮のランディングページを立ち上げ、実際にはローンチ前の段階で"Xbox live for mobile "(※1) としてTechcrunchに「ローンチ」を取り上げさせて知名度をあげた。その後投資家に「ビジョン」を吹き込み、見事資金を調達した。その資金で10人の開発者を雇い、Xbox live for mobileをOpenFeintと改名し、実際に製品を作り上げたのだ。

スタートアップを作る時のプロセスとして、画期的なアイデアをもとにMVP(※2)を作ってから、他のスタートアップを参考に顧客を獲得し、製品を繰り返し作り、実現への道を試行錯誤していくのが一般的である。しかし、資金が足りなかたったり目指すものが高ければ高いほど、OpenFeintの場合のように、MVPを作るのではなく、存在しないものを売ろうとすることが最善の方法である場合もあるのだ。

(※1) "Xbox live for mobile”: Xbox liveは、Microsoft社が家庭用ゲーム機Xbox、Xbox 360、Xbox One向けに提供するオンラインゲームサービスであり、複数人で会話をしながらゲームをプレイすることができる機能を持っていた。これのモバイル版を作るという意味でこのメッセージを設定したと推定される。

(※2)MVP: Minimum Viable Product。顧客に価値を提供できる最小限のプロダクト。

その後2年間、彼は開発に没頭し、Openfeintを利用した顧客のゲームが爆発的に売れるのを見て、その必要性を実感した。

2010年にOpenfeintのユーザー数は1000万人を超え、App Storeのトップ100ゲームのうち30本に採用されるまでになった。翌年には、日本の企業(グリー)に1億400万ドルで買収された。

買収に同意した際は、Jasonはモバイル用のXbox Liveを作るためのリソースを手に入れることができると期待していた。彼はOpenfeintを継続して続けていくやる気に溢れていたが、買収された後の会社をコントロールすることは難しく、結局JasonはOpenfeintから去ることになった。

スマホでゲーム(Aurora feint)→iPadでゲーム(Fates forever)

JasonがOpenfeintを去った後、2013年にはiPadが誕生し、徐々にメインストリームになりつつあった。当時、誰もがiPadをただのタブレットとして見ていたのに対し、JasonはiPadを複数人でチームベースのゲームをプレイするための新しいプラットフォームだと感じていた。彼は、iPadによってマルチプレイヤーゲームがより身近になると考え、高品質のゲームが生産される必要性を感じていた。

これをきっかけにJasonはHammer and Chiselという会社を立ち上げた。Hammer and Chiselは、高品質のiPadゲームの制作に特化したゲーム開発会社で、ビジョンはOpenfeintのモデルをiPad向けに再現することであったので、iPad上でヒットゲームを作った上でiPad用の「Xbox live」を立ち上げることを企画し始めた。

iPadでゲーム(Fates forever)→理想のコミュニケーション・プラットフォーム(Discord)

JasonはHammer and Chiselの事業の一環でFates foreverというゲームを作ったが、大きなヒットは生み出せなかった。Jasonは、Fates Foreverの修正点を考えるなかでゲーム内のチャット機能に着目した。

しかし、ゲーム内でのチャット機能が最悪なのはiPadに限らず、PCのどのゲームでもそうであるということにJasonは気づき、開発者にとって理想的なコミュニケーション・プラットフォームについて考え始めた。それがDiscordの原点である。

このアイデアは、Teamspeakとskypeの出会いを構築するものであった。当時、Teamspeakはチーム同士のゲームをプレイするゲーマーに人気のあったツールだったが、Teamspeakで会話を始めるにはアプリをダウンロードし、料金を払い、IPアドレスを他のチームメンバーと共有しなければならなかった。一方、Skypeはアプリのダウンロードは必要なかったものの、そのUXはゲーマーにとって本当に最悪であった。ゲームの最中に電話がかかってきたら、熱気に満ちたゲームプレイの最中であってもskypeを画面にポップアップしてゲームを最小化しなければならなかったのだ。

Stan(のちのDiscord共同創業者)は、ゲーマー向けの別の音声アプリを開発することを提案し、Jasonはそれに賛同した。唯一の注意点は、ゲーマー向けの最高のコミュニケーションアプリを作るのであれば、もはやiPad専用ではなくすべてのビッグゲーマーがいる場所、つまりPCで行う必要があるということだった。

10年間、新しいプラットフォームの移行を追い求め、競争の欠如を利用しようとしてきたJasonは、結局PCの世界に戻ってきたのである。

これはJasonが行ってきた多くのピボットの1つであるが、このピボットは製品の一部や機能に着目するといった簡単な話ではなく、モバイル版のアプリというプラットフォームの変化による穴場を追い求めていた彼がPCの世界に戻ってくるという、ここ10年間の自らの方向性を否定するような勇気ある行動であった。

UXを重視したDiscord

JasonとStanは、社内のサイドプロジェクトとしてDiscordの最初のバージョンの構築を開始した。Jasonは、Teamspeakのように別のソフトウェアをダウンロードしたり、IPアドレスを共有したりすることなく、簡単に参加できるようにすることを心がけた。その頃、WebRTC(※3)が確立しつつあり、Discordを完全にWeb上で構築することが可能になった。誰かにリンクを送れば、アプリをダウンロードする必要もなく、ワンクリックで会話に参加でき、気に入ればいつでもアプリをダウンロードすることができるようにした。

配信の仕組み(ウェブリンク)がアプリに組み込まれたところで、彼らは顧客獲得のために動き始めた。

(※3)WebRTC: API通信を利用することでモバイルアプリやウェブブラウザでもリアルタイム配信が可能になるシステム。

WebRTCを利用してブラウザでサービスを利用できる。(引用:https://discord.com/)

Discordの拡散と発展

ここまで、Discordのサービスは完璧であったが、Discordはゲームそのものとゲーマーが存在しないと成り立たない。Jasonは顧客を集めるために、ゲーマーの友人にReddit(※4)上でDiscordについて投稿するよう依頼した。彼は、友人の一人に、当時人気であったファイナルファンタジー14に関するRedditにDiscordについて投稿してもらった。人気のゲームや新しい機能やコンテンツを待つRedditは多くの人が閲覧しているため、そこに投稿することによってDiscordの知名度を上げていったのだ。

具体的には、「誰かdiscordという新しいボイスオーバーIPアプリを試してみたか」というシンプルな投稿をDiscordのボイスチャットリンクと共にReddit上にあげた。JasonとStanはそのボイスチャットに参加し、そこで知り合った人が「今、Discordの開発者と話したんだけど〜」といった内容を投稿することで、さらに多くの人がDiscordに送り込まれた。雪だるま式に投稿が増えたことで、Discrodの認知度は急激に高まっていった。Discordは現在、初めてボイスチャットでDiscordについて話した日(2015年5月13日)を "ローンチ日 "として主張している。

(※4)Reddit: 主に英語圏のユーザーが利用するソーシャルニュースサイト。

Discordは現在のサービスに至るまで何回もピボットを繰り返し形を変えてきたという点で特徴的である。Jasonは多くの失敗を経験してきたが、常に自分の理想のものを追い求めていた。多くのピボットを行うことは軸やビジョンを見失い、事業の失敗を招きかねないが、常に一所懸命であったことこそが彼の軸であったのかもしれない。Discordはついに “Xbox live”を構築するという壮大なビジョンを現実にし、世界中で多くのユーザーに愛されるサービスとなっている。

参考文献

https://thesmallbusinessblog.net/discord-statistics/

https://discord.com/

https://ja.wikipedia.org/wiki/Discord

https://ja.wikipedia.org/wiki/グリー_(企業)

https://ja.wikipedia.org/wiki/Reddit

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